2006年11月28日 (火)

北京で見かける北朝鮮

日本では北朝鮮は「怖い国」という印象が強いらしいが、中国と北朝鮮に国交があるため、北京在住の私にとって北朝鮮は割合身近な存在である。北京には北朝鮮投資の朝鮮料理レストランが数軒あり、私もたまに利用する。平壌の良家出身と思われる綺麗なお嬢さんたちがサービスする心地よい店で、もちろん身の危険を感じたことはない。北京空港では出国手続きや乗継ぎをする北朝鮮の人を見かける。欧米行きに乗り換えるスポーツ選手や、北朝鮮に戻る粗末な服を着た日に焼けた背の低い男性の団体だ。後者は多分労務輸出の労働者であると思われる。中国や韓国、中東に向けて大量の労務輸出があると聞いている。あくまで私の個人的見解だが、北朝鮮の労務輸出人員のレベルは決して低くないと思う。私は北京の日本語専門書店で、「中国語の通訳をして欲しい」と日に焼けた背の低い北朝鮮の男性に話し掛けられたことがある。貧しい身なりをしながらも、昭和30年代を思わせる古典的な美しい日本語を話す教養にびっくりしたものだ。北京で働く中国人朝鮮族も少なくないので、彼等から北朝鮮の親戚の話を聞くこともある。核実験があった関係で昨今では控えられているようだが、中国人の北朝鮮旅行も決して少なくない。

1.2年前だが中国の地元紙に「辺境地域に北朝鮮経営のカジノがあり、朝鮮自治区の役人が公金で豪遊したことが、摘発された。」というニュースが掲載された事もある。中国では北朝鮮は「賭博、麻薬、ブランドタバコのニセモノ」で知られており、それが外貨獲得の手段になっているようだが、賭博も麻薬もタバコも昔からあるもので「それだけ産業が発達していない」と見ることもできる。北朝鮮レストランのパンフレットで宣伝される北朝鮮の施設は時代遅れであるし、みやげ物もキムチや漢方薬やお酒などばかり。北朝鮮は海外からの援助をすべて軍事にまわしていると聞くが、それにしても基礎産業力がなければ高度な軍事技術レベルに達するのに大きな困難があるはずだと、私は思うのだが。(2006/44/21 第1740号)

2006年10月 9日 (月)

中国の技術力

 「秀水街」といえば、多くの人は偽ブランドを思い出すと思うが、現在では「秀水街」はじめ、北京の服装市場で偽ブランドのバックや財布などを見かけることはできない。中国企業による知的財産権侵害が海外でも話題になった煽りを受け、一昨年末くらいから工商局の取締りが強化され、少しずつニセモノが店頭から消えていったのである。実は昨年、ニセモノが店頭から消える前に、偽フランスブランドの革バックを購入した日本人の友人がいた。この偽物、金具の部分にしっかりブランド名が刻まれているが、意匠権は存在しないので、金具さえ付け替えれば使用が可能と踏んだよう。つまり中国のバックは、日本人から見て、偽のブランド名を冠さなくても買いたいほどの品質レベルに達しているのである。6,7年前からウオッチングしているが、品質レベルは年々向上しており、最後に見かけた昨年には、ヨーロッパで販売されているノーブランドの革バックと殆ど変わらないレベルに達していた。しかしフランスブランドのバックは日本円で60万円程、中国の高品質偽物はたったの7千円と、価格は雲泥の差。知的財産権侵害は違法ではあるが、品質にも安全性にもそれほど大きな差がないにも関わらず、価格差がこれだけあるということに、驚きを感じる。フランス人がバカンスを満喫しているのを見聞きしているが、働き詰めの我々アジア人が、フランスブランドを嬉々として購入し、フランス人のバカンスやレジャーを支えているのは、ちょっとどうなのかしらと思う。しかしそう考えているのは私だけでなく、実はヨーロッパでは、中国製の靴やバックに押されて職人が失業する事態が発生しているらしい。それに不満をもったヨーロッパの職人達が、中国から輸入された靴のコンテナを焼き払う事件も発生したそうだ。この事実からは、中国の技術力がヨーロッパに受け入れられる程向上しており、更に価格という強みにより、脅威になっているということが理解できる。「我々日本も品質と安全性が高く、価格が合理的な製品を作り上げなければ、競争に勝てない」と、中国の現場を見ながら、強く思うのである。(2006/10/03 第1735号「国際貿易」)

2006年8月27日 (日)

中国人の謝罪

 うちの子供達はテニスを習っている。以前中国人コーチが、事前の通知なしにレッスンをすっぽっかしたことがある。コーチが来ないので電話したところ、コーチは「試合のため、レッスンがあることを忘れました。ごめんなさい。」と一度だけ謝り、それから無料レッスンの申し出があった。私はコーチの態度に納得し、それ以来コーチを信頼している。というのは、コーチは得られるべき収入を断ってまで、つまり自らも痛みを伴いながら、詫びているからである。とても真剣な詫びである。このケースのように、中国では誠実でプライドが高い人が自らのミスを認める場合、謝罪の意を自ら行動で示してくれる。例えば中国の一定レベル以上のレストランで食事をし、「注文した料理が出てくるのが極端に遅い」など、責任の所在が明らかにレストランにあるミスが発生した場合には、レストラン経理の判断で「お詫びのしるし」と言いながら、果物などが無料でプレゼントされることが多い。ミスを行動で詫びているのである。言葉を尽くして謝られても、心から詫びているのかどうかは分からないが、行動が伴うと、お客の側としては納得できるものだ。この背景には、中国企業の激烈ともいえる市場競争がある。また問題発生に際しては、クレームが発生することが多く、新聞などに投稿される事すらあるという、中国の消費者意識の高さがある。クレームは即従業員の給与に反映されるし、新聞で書きたてられた場合は企業の経営に影響を与える。こういった中国流の一流の謝罪になれてしまった私としては、日本やヨーロッパの言葉を尽くしただけの謝罪を、残念ながら物足りなく思ってしまうことがある。最後に念のために付け加えておくが、中国人が行動で謝罪を表現するのは、そのミスが、本人の定められた責任範囲で本人の原因により発生し、また本人の責任であることが誰の目にも明らかで、決して責任逃れができない場合のみである。(2006/08/08 第1728号「国際貿易」)

⇒編集部によりますと、コラム数自体が増えたため、当方コラムの次回掲載は11月になるそうです。

2006年7月14日 (金)

口喧嘩

 北京の街角で、急いで青信号を渡っていたところ、高級乗用車が勢いよく左折してきた。あまりに突然自動車が視界に入ったので、私と中国人数人は躊躇して足を止めてしまい、その結果自動車が止まり、「行くならいくとはっきりしろ!」と運転手が怒鳴る。一緒に渡っていた数人が「こっちは青信号だから渡っているのよ、何が悪い!あんたこそ、交通違反のくせに!」と中国語で怒鳴りかえす。

――実はこういった風景は、中国では日常茶飯事である。何か問題が起こった場合、多くの中国人は大きな声で主張するようである。例えば車の接触事故が起きれば、当事者が車から降りて、他の通行人などお構いなしに大声で口喧嘩をしているのを、しばしば見かけるし、また中国の国内線飛行機の出発が遅れたときなど、乗客が機内で異口同音に、しかも大きな声でクレームをつけ、機内が大騒ぎになることもしばしばあるようだ。

中国に来たばかりの頃は、中国のこうした風景をみるにつけ、「何も、こんな大きな声で主張しなくっても。」と思っていた。しかし滞在年数が長くなるにつれて、最近では、「実はその場で言いたいことを言うこと、それができる環境にあることは、素晴らしいことなんじゃないか?」と思うようになってきた。

日本ではこうはいかない。日本で同じことをやったら、口喧嘩ではすまなくなり、傷害事件に発展することも少なくない。中国では口喧嘩はめったに手の出る喧嘩に発展しない。だから中国の社会には、言いたいことを他人に主張し、受け取る側も他人に主張があることを認め、とりあえずは聞いてみる、というよい気風があるように思える。また口喧嘩をしてしまえば、その後はすっきり忘れて、後に引かないことも多い。ある程度、言いたいことをいえれば、ストレスも解消されるし、少しでも楽しい生活が送れるものだ。口喧嘩は中国において、合理的なコミュニケーションの手段となっていると、私は感じている。(2006/07/11 第1724号「国際貿易」)

2006年6月27日 (火)

連載開始のお知らせ

このたび日本国際貿易促進協会の機関紙「国際貿易」に毎月1回連載することが決まりました。

初回は7月11日の「国際貿易」第1724号に当方の記事が掲載される予定です。掲載後1週間以内にこのホームページに記事をUPする予定ですので、ご覧いただければ幸いです。

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